はふ。
ふわりと白い湯気と共に香ばしい空気が広がる。
「美味しい?」
そう尋ねれば、にっこりと満面の笑みで両手で包み込んでいた焼き芋を差し出してきた。
「父上と食べると、もっとおいしいです!」
「ありがとう。嬉しいなぁ」
頬を紅潮させてまたにこりと笑う子の笑顔につられ、笑みをこぼす。
そっと頭を撫でてやりながら、差し出された焼き芋を受け取る。
はふ。
「おいしいですか?」
今度は目をきらきらとさせながら尋ねられた。
「仙と食べているから、凄く美味しいよ」
そう答えてやると、とても嬉しそうに、子は少しもじもじと身を捩る。
からりと晴れた寒空の下。
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ちらりとこんなやり取りを見て、悶えました。
今時こんな可愛い子がいたのか・・・!と。
秀長と、仙丸です。
幸村は幾分か青ざめ、口元にそっと片手を添えた。
少しむしゃくしゃしていただけなのに。
己の足元に広がる惨状をじと見つめる。
現状打開策は一つだけだが、これほど焦る自分も珍しいものだと、頭の隅で妙に冷静になりつつ、とりあえず退散しようとくるり足元の惨状に背を向けた。
と、
小さな部屋に足元の惨状に背を向けたは良いが幸村は目の前が真っ暗になった。
ひとつ間をおいて、ゆっくりと幸村が顔を上げる。
「・・・」
そこには立派な仁王立ち姿の壁が一つ。
「・・・こんにちは」
幸村はその壁にそっと微笑み、身体を横にずらす。
そのまま足早に去ろうとするが叶わなかった。
「ちょっと待て」
がっしと肩を掴まれては逃げようが無い。
「・・・」
そっと上目遣いに見上げれば、怒り半分、呆れ半分の妙な顔が見えた。
「幸村。ここは儂の部屋だろうな」
穏やかに尋ね始めた又兵衛に、幸村は穏やかに答えた。勿論微笑を添えて。
「ええ、そうですね・・・」
「この足元にある槍は、無論儂のだろうな」
「ええ、そうですね・・・」
「訓練用だが脆くは無いはずの槍だ」
「そう、でしょうね・・・」
「ならばどうしてこう、圧し折れているのだろうな」
「さあ・・・何故でしょう」
「何故だろうなぁ」
静かな問答を繰り返し、やがて又兵衛は大きく溜息を吐いた。
その隙を突き、幸村がひらりと又兵衛の後ろを取る。
何をするのかと又兵衛が振り返れば、幸村はもう背を向けていた。
「治長殿が、悪いのです・・・。私を、いじめるから・・・」
妙な捨て台詞を吐き、言い返そうとする頃には既に姿は無い。
幸村が去った方向を眺め、又兵衛はふ、と息を吐いた。
頭部に手をやり髪を撫ぜつつどうしたものかと思案するも、即座に判断が下された。
「治長にせびるか」
そう独りごちて、圧し折れた槍を手に取った。
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なんで自分の部屋に行かないのかというのは、まぁ、
又兵衛のものならどうなっても良いか。自分のじゃないし。
と言う自己中心的な考えというか妙な懐き方してるからというか・・・
もう何度呼んだかしれないが、秀長は再びその名を呼んだ。
「正勝殿ー」
別段緊急の用でもないので、気の抜けた探し方をしているのがまずいのだろうか。
そう思いながらも、秀長の前方には探し人の寝室が見えてきた。
「あれ」
寝室をがらりと開けたまでは良かった。
しかしその不可思議な出来事に秀長は思わず声に出し、慌てて口を塞ぐ。
ここは蜂須賀正勝の寝室だったはずだ。
ひとり確認しては胸内で何度も頷く。
それなのに。
「~・・・」
むにゃむにゃとよくわからない寝言を言う、この丸く寝転がる姿は正勝のものではなかった。
「将、右衛門・・・殿?」
首をかしげながら、秀長がそっと顔の見える位置まで回り込むと、まさに、前野将右衛門その人であった。
何故。
と再び秀長は首を傾げ、すやすやと眠る将右衛門の顔を見つめるが、解決の糸口が見つかるわけも無かった。
ふと部屋の外を覗いて見たが、正勝が戻る気配もない。
これ以上の入れ違いは流石に困る。
仕方が無いので、秀長は将右衛門の隣に座り、彼の帰りを待つことにした。
気持ち良さそうに眠る将右衛門は、疲れていたのか、義兄の部屋だからか。
軽く指を頬に押し付けようが耳元で名を呼んでみようが起きる気配は一向に無かった。
「大の大人がこんな所で・・・」
苦笑交じりに秀長は羽織を一枚、丸く寝転がる彼に掛けてやる。
するとくすぐったい感覚があったのか、彼はもぞもぞと身をくねらせた。
「将右衛門殿?」
秀長は起きるかと一瞬構えたが、再び寝室は静かな寝息に包まれる。
ゆっくりとした空間。
穏やかに流れる雲。
秀長も幾度か瞬きをすると、大の字で寝始めた将右衛門の腕を枕に、もそもそと眠りの支度をした。
やがてわけのわからぬ奇声が目覚ましになることを密かに狙って。
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「眠る」という行為がお気に入りなのかなんなのか、自分でもよくわかりませんが。
片方が無意識状態、な事態は結構好物です。
好きなサイト様の前将と秀長にもだもだしてやっちまいました・・・
簡単な賭けをした。
盛親が彼の部屋を訪ねた時、その部屋には先客が居た。
「よう」
ひょいと片手を挙げての挨拶に盛親が軽く頭を下げる。
「まあ座れ」
そう言って又兵衛は己の部屋のように招き入れ、盛親を強制的に賭けに参加させた。
全登が持ち込んできた南蛮物を使って行なった遊びだった。
勝敗は又兵衛にあがり、盛親が負けた。
「何を賭けているのかもわからないのだが」
首を傾げながら終了した遊びに、少し不貞腐れた表情をして盛親は又兵衛を見やる。
又兵衛はすまんな、と苦笑した。
「なにか飲みますか?」
勝ちも負けもしなかった全登が盛親に微笑む。
「なにか選べるのだろうか?」
尋ねながら盛親は彼の部屋には葡萄酒やら珍しいものがあるのを浮かべた。
全登は笑みを深くして、
「そうですね。『はい』もしくは『いいえ』が選べますよ」
「・・・そうか」
彼らしい返答に、盛親は思わず苦笑した。
「はい」と答えた盛親に飲み物を渡したのは又兵衛だった。
ごとっと無造作に置かれた茶碗に、盛親は小首を傾げる。
なにかどろりとしたものが入っているそれは濃茶と呼ぶ程度のものではなく、人体に何かしらの影響を与えそうな色合いをしていた。
そして差し出した相手を上目遣いに見やると、相手は苦く、笑っていた。
この上なく不気味に思えたので、
「又兵衛殿」
不快感露に盛親は呼び掛けてみた。
「盛親・・・」
そう呟いたかと思えば又兵衛は僅かに顔を逸らした。
盛親の中で一気に不安が高まる。
瞬間、全登に目を向けると彼は相変わらず微笑んでいた。
「今から某の言うのを反復することをおすすめ致します」
ちょっと首を傾げた盛親に構わず彼は言葉を続ける。
「天にまします、我等の父よ」
「ちょっと待て」
すぱんと小気味良く全登の台詞を切り、盛親は頭の隅に押し込められている記憶を手繰り寄せた。
「それは確か祈りを捧げるものだったはず」
「おや。覚えて下さいましたか。それはそれは・・・大変宜しい兆候で御座いますね」
にこりと、一癖ある笑みを浮かべる全登。
そこに又兵衛ががばっと手をついた。
「すまん盛親。
賭けに負けてそれを飲む事になったんだが、そこに丁度そなたが来た」
申し訳ないと頭を下げる又兵衛に盛親は慌てた。
「又兵衛殿のなんと意地の悪いことか。あなたにこれを押し付けたのですよ」
見た目では大真面目に言ってのける全登に、
「いや、それはそもそも」
と盛親は言い掛けたが、結局口を噤んだ。
「貴方は悪く無い。俺の運が・・・悪かった、のだろう」
ぽつりと盛親は呟いて、そっと茶碗を見つめた。
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「なにか選べるのか」
「はい、か、いいえ、が」
というやり取りをさせたくて書いてみました・・・
「秀長様ッ!!」
転がり込むようにして現れた男に秀長はいつものように微笑んだ。
「どうかしたか」
ふわりとした物言いと現在の状況との落差で閉口しそうになるも、息を整え、高虎は目の前の主君を見つめた。
その間、絶え間無く吹き荒れる風。
淑やかの欠片もない雨。
心を落ち着けることなど出来様はずがなかった。
「申し上げます。いや、お頼み申します。戸を、お閉め下されますよう・・・」
暴風にばさばさと着物が舞い髪が踊る。
その暴風に雨までも便乗し部屋の中にまで踊り込む。
「誰ぞ、困っているのか?」
まるで秋雨を楽しんでいるかのような表情に、高虎は眉を下げる。
「秀長様。このような天気にわざわざ戸を開け放たなくとも良いではありませんか。それに、この風。何が飛んでくるかもわかりません。危険です」
「このような天気だからこそ、楽しまなくては。それに、涼しい」
言って秀長は、子供の頃に戻った気分だと無邪気に笑った。
「ひでながさま・・・」
呆れ果てた表情をして、高虎は肩を落とした。
しかし。
次の瞬間がばりと立ち上がったと思えば、瞬く間に部屋の戸を閉めにかかった。
残念そうに嘆く秀長を尻目に高虎は雨風の侵入を次々と止めさせる。
「高虎」
雨風の入り込む余地はもう無かった。
抗議の声を聞いて、高虎は秀長の目の前に再び座る。
膝が互いにつきそうなほどの距離だったが。
意外な行動に秀長が瞳をぱちぱちとする間に高虎が至極真面目に言った。
「私が、心配なんです」
秀長は瞬きを繰り返していたが、やがて小さくくしゃみをした。
それを見、高虎がほらみろと言わんばかりの表情を作り、
「今温かいものをお持ちします」
と部屋を出て行った。
しん、と静まり返った部屋で、秀長はしばらくぼうっとし、伸びをしながらごろんと畳みの上に転がった。
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台風って家の中にいる分には楽しいですよね。
何も用事がなく、無駄に外に出る時も楽しいですけど。
なんて、台風が嫌いではない秀長でした。